2008/12/05

Google Livelyは体を張ったアンチテーゼ?

Second Lifeがもてはやされる理由が分かりません。
いや、もうもてはやされていないって?
でも、以前ほどではないにせよ、Second LifeのWeb記事はコンスタントに出てきますが、それすら理解ができません。

自分の頭が硬いのもあるでしょう。

そういえば昔、Beep音しか鳴らないPC-8801(無印)というパソコンを持っていたとき、ゲームに音楽や効果音は不要だ! おまけだ!とほざいて自分を納得させていたことを思い出しました。
今となっては、単なる負け惜しみだったことが理解できます。

今は3D等のよりリアルなエクスペリエンスが新たな世界を描いてくれる可能性を否定するものでもありません。
にもかかわらず、Second Lifeにはそれとは違う何か圧倒的な違和感を感じます。

おそらく、一線を越えられた人には新たな世界を見せてくれているのかもしれませんが、自分はインストールする気さえ起きない。
それなりのPCを持っているにもかかわらずです。

この違和感が何かを分析してみました。
私は、この手のサービスはコミュニケーションの在り様が変わるところに変革の力が生まれるものだと思っています。
その点で、サイバー空間におけるリアルな人間のコミュニケーションには意味があると思います。
しかし、バーチャルな3D世界にどれだけの意味があるのでしょうか?

もう一つの違和感は、3D空間を操作するインタフェースとして、入力としてキーボードとマウス、出力として2Dディスプレイを使うことです。
一部のマニアには受け入れられても、コミュニケーションの在り様を変えるだけの利用者を受け入れる素養はとても無いと感じます。

ところで、半年も経たずにサービス終了を宣言したGoogle版Second Lifeとも言うべきLivelyはいったい何だったのでしょうか?

非常に穿った見方をすると、Googleからの体を張ったSecond Lifeへのアンチテーゼだったのではないかと。

まあそれはともかく、今後もSecond Lifeが普及しないほうに一票。